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2019年7月2日歌会記録:テーマ「雨」

 ほにゃにゃちは、うっかり報告が遅くなってしまいました。懶い河獺です。さて、梅雨ですね。梅雨ということでテーマを雨にしましたが、「雨」「夕立」「傘」「スコール」「梅雨」「時雨」「レインコート」など、直接的な単語を使わずに詠んでもらいました。いわゆるNGワード歌会だと思います。たくさん詠草が集まり、皆さん匂わせの技術を発揮してくれました。手短ですが紹介します。


切りそろえた悲しみたちを浴びるたび海の記憶を取り戻す丘/佐原キオ

 雨を「切りそろえた悲しみ」と言っています。地形の変動で水を失った、かつて海だった丘について。雨のたびに海だったことを思い出すが、降り終わるたびにまた忘れてしまう、と読みました。
 あるいは、雨のときだけかつての地形を思い出す人間の視点が隠れているという意見も出ました。悲しみ「たち」と人間用の複数形を用いること、そして記憶を取り戻す丘、というふうに、雨も丘も擬人化されており、そこから人間の視点が導かれるのかもしれません。


ダージリンティーが勝手に冷えていく窓を閉めても止まないノイズ/安錠ほとり

 雨音をノイズと呼んでいます。雨音をノイズと把握する視点人物と無関係なところでお茶が冷えることと雨が降るという現象が起こっている。マイナスの感情が歌われているが、下の句の3,4,4,3など安定感のある定型によって淡々とした印象を出しているようです。
 「冷える」は常温から常温以下へ、「冷める」は常温以上から常温へ、という変化について言うよね、みたいな話をしていました。


被毛のない肌にはシャツがくっつくし廊下には僕と犬の足跡/懶い河獺

 傘を持たずに散歩に行って雨に降られた歌、と読んでもらいました。犬と人間を対比しているけど、「被毛」という語はゴリっとしていて全体のかわいい雰囲気に合わないのでは、という意見も出ました。
 「僕」と「犬」は指示の仕方のレベルが違っていて、「僕」はある個人を、「犬」は種、あるいは「母」みたいな役割を指しているのですが、「僕とペロ」とか言ってしまうとそれはそれで嫌なのかな、という話でした。


太陽の幕間(まくあい)ですが温かくお迎えください〈ドラム演奏〉/神威 

 雨を明るく歌った歌だ、と思いましたが、「ドラム演奏」が雨音そのものを指すのか、これから降る雨を迎えるための効果音として捉えるのか、という点で解釈が分かれました。「ドラム演奏」を雨そのものと取ると、上の句で「幕間」として雨に言及しているため過剰な感じになってしまうので、後者で取るのが落ち着きは良いですね。大きな自然現象をメタファーでまとめる腕力を感じます。


あした花火あるんかな、ってライン来て、わかんない、って5分後に返す/竹村美乃里

 雨や水を思わせる単語や比喩を使わずに雨の存在を意識させていてNGワード詠としてとても巧みです。雨が降っている、あるいは雨が予想されるため、花火の開催が危ぶまれているのでしょう。前向きでも後ろ向きでもない「わかんない」というニュートラルな返事と「5分後」という時間の間隔から、登場人物2人の関係性はいくらでも多様に想像できるのですが、そのブレによってそれぞれの読者にそれぞれの共感が発生する面白い歌だと思いました。


アサガオが天の恵みに感謝してこうべ垂れるよ またひとりでに/日髙光将

 「強そう」「天の恵みに感謝していないと詠めない歌ですね」という意見が出ました。スペースの前までは擬人的で、自然物と神的なものとの関係が描かれているのですが、最後に「ひとりでに」と観察する人間らしき視点に帰ってくる。
「よ」の読み方が難しいのですが、聞き手に対する呼びかけ、あるいは教育的な感じがします。

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2019年6月12日歌会記録

 こんにちは。小川優です。
具合が良くなったり悪くなったりで、不穏な六月です。前期の歌会で司会をするのは最後になるかな。

 今回はテーマ詠『散髪』としました。どの歌もしっかり散髪していて、並べるだけで気分がすきっとしたような。



切った髪がつばめになった美容室の自動扉が閉まらぬ夕暮れ/神威

 テーマ詠一首目です。散髪―つばめ―夕暮れ時ということばからさわやかな初夏の空気を感じます。「切った髪がつばめになった」という前半部の比喩を、実際に髪が鳥に変わって飛んでいく空想ととるか、つばめのように見えたという描写ととるか意見が別れましたね。

 自動扉が閉まらないのはつばめが出入りしているからだと因果がついたほうが面白いかなと考えたので、私は空想派です。反対に前半部も「美容室の自動扉が閉まらぬ」という後半部も現実に忠実な描写として読むと、歌の印象が変わってずいぶんどっしりして見えますね。

 散文調になっていて韻文詩としての力が弱いのではないかと作者は少し気掛かりだったようですが、特にそういった意見は出ませんでした。二句目の軽い句切れ(結句「夕暮れ」に軽く接続しているととらえました)のつけ方は散文的には見えないのではないかと思います。
 
 神威くんは、自分の歌の番にも押し黙らずさりげなく気になる点を問いかけていたので、この歌の表現の重心や勉強したいポイントなどが見えてすごく素敵でした。司会としてもやりやすいです。


散髪のハサミは咀嚼するみたいここではいつも冷めたコーヒー/松尾悠汰

 この歌も絶賛散髪中ですね。美容院のハサミが髪をじゃぎじゃぎ切る様子を咀嚼にたとえた点が好評でした。その比喩は視覚的、聴覚的、また皮膚感覚としての知覚などいろいろ言い得ているようです。

 みんなの行く散髪店では飲み物出る?出ない?というトークテーマも投げかけた下の句からは、どんな感情が読み取れるだろうと話しました。あったかいうちに飲めないんだよなぁという諦め?行きつけっぽい言い方からくる誇らしさ?

 歌詞っぽい・MVっぽいという意見もふわっと出ました。短歌について歌詞っぽい・J‐popっぽいという表現はままあると思うのですが、実を言えばその評が意味しうるものが私にはよくわかりません。この歌について言えば軽やか、受け取りやすい、または「ここではいつも冷めたコーヒー」という言い回しが愛唱フレーズっぽい、みたいなことでしょうか。
 
 (この歌の話題を外れますが)歌詞/J-Popっぽいというのは、間口の広さを言っているのかなあとも思いました。客が多い!
自分はあまり歌詞に興味はないですが、主語がねじれていたり文法的に不自然な詞が音楽によって成り立っているのを見ると嬉しくなります。


花の影いよよ濃くなる水無月よ かろがろとゆけり髪切りし帰路/小川優

 髪切ってますねー。

 『花の陰』という季語(『花』の傍題)があり、『桜の咲く木の陰』を意味するようです。きれいな季語ですね。勉強になりました!
真新の句帳に花の影たたむ(金國久子)
言ひよどむことあり水に花の影( 阿部いく子 )
 http://www.haisi.com/saijiki/hananokage.htmより引用

 しかし、この歌は直後に水無月とありますね。桜じゃないということでしょうか。「花の影」はなにを意味しているのでしょうか。夏に向けて咲く花が増えていくだったり、日差しの強さが増していくだったりといろいろ考えてもらいました。

 かるがるとじゃだめだよね。かろがろじゃないと……いや、でもこの字余りは……みたいな会話もありました。


耳元でハサミ 10センチばかりの後悔たちが頬をくすぐる/匿名希望

 テーマ詠はこの一首が最後です。匿名希望というか、まだ筆名が決まっていないということです。ご期待ください。

 これは確実に髪を切られている(もしくは自分で切っている)人が主体ですね。二首目と同じく、ハサミの音や皮膚感覚が表現されています。髪にハサミが入る様子を松尾くんの歌では咀嚼という大胆な比喩がとられていましたが、こちらの歌では「耳元でハサミ」という八音ですっきりと表現されていてカッコいいです。そのすっぱりとした物言いが、続く「10センチばかりの後悔」を切なく、取り返しがつかないものとして引き立てています。
 
 その「10センチばかりの後悔」という表現も、後悔の目に見えない量のようなものが切り落とされた髪の長さや量として視覚的にとらえられていて面白いですし、髪の長さはそのまま過ぎた時間の長さを表しますから時間の広がりもあって良いです。

 髪を切ると恋の話をされるよね……しかしにんげんはおうおうにしてとくにわけもなくかみをきるぞ……とか話しました。


自由詠です!

失礼しますーっとのばしてつま先からかかとの順に沈める受話器/神威

 歌会前にコールセンターのアルバイトの話が出たので、コールセンターかなーと思いつつ読んでいきました。「失礼します」なのでいずれにしても年上か目上の方相手の電話でしょう。受話器の「つま先」はスピーカー側、「かかと」はマイクの側だと思われます。電話を切る場面を描いた歌ですが、面白いのはまず「失礼します-っとのばして」が語尾を伸ばすという意味に加え、「つま先からかかと」と身体のパーツを出してくることによって電話を切るいっときの、主体の身体の伸びや意識にまでかかってくるという点です。
 
 あまり感情が見えてこない調子なので、この人は電話をただ仕事として、心を入れずにシステマティックなものとしてこなしているのかなあという意見もありました。


 あと非公開詠草に安錠さんの散髪詠と小川の自由詠がありました。

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2019年6月20日歌会記録 題:命令形

 こんにちは、懶い河獺です☆ミ

 今回は命令形を使った歌、という題を出してみました。命令形の使い方にも色々あって、その議論が出来たら良いなあと思っていたんですが、すっかり忘れていたのでそれぞれの歌を紹介します。


(まゐわしをもつと食はせろ)よたよたとバリケード組むペンギンショースト/神威

 「ショースト」の部分が最初何のことか分からなかったのですが、ペンギンショーのストライキですね。水族館か動物園のペンギンさんたちが賃上げを求めて労働争議を行っているわけです。

 カッコ内はペンギンさんが考えている内容でしょう。旧かなを使うことで日常から遊離した印象を与えるのですが、使い方によっては厳めしかったり、情感を与えたりすると思うのですが、ここはペンギンの思念という読み方が出来るためたどたどしいかわいさの演出になっていると思います。たどたどしさを可愛いと思うのは許してください。(なんかこれ前も言った)

 「まゐわし」という具体性も良いですね。「ゐわし」でも「魚」でも「餌」でもなく、あるいはストに引きつけた経済の言葉を使うのでもなく、「まゐわし」。この歌の世界にぐっと接近できるいい言葉選びだと思います。


跪け 雨が上がるまでの間そこで目を塞いでいろ、いいな?/安錠ほとり


 読み込もうと思えばいくらでも状況が想像できてしまう、文脈依存度の高い歌だと思います。そこを敢えて禁欲的に、ここで行われていることの目的や背景なんかに対する想像力を押し殺して読むと、この命令は自己目的的なものでこれは放置プレイの歌なのだ、ということになりますが、なりませんか。

 発話者が一人の人物に対して、自分で目を塞いでいろと言っているのか、それともAさんにBさんの目を塞いでいろと言っているのか、という割れ方もします。

 また、目を塞がなければならない状況は、何かグロテスクなことが目の前で展開されていて、それを見せないために命じられているのかもしれないし、跪くことと目を塞ぐことがどんな風に連動しているのかも分かりづらい。だからやっぱり放置プレイなのかもしれませんが、雨は空襲のことを表していて、姿勢を低くして目を塞いでおかないといけない、という読みも出ました。


光あれ バケツなみなみ果糖ブドウ糖液糖に電飾架ける/懶い河獺

 果糖ブドウ糖液糖を誰も単体で見たことがないが、成分表示でなじみがあるし、リズム感があって楽しい語。果糖ブドウ糖液糖が入ったバケツにコードについた電飾が乗せてあって、それを見て「光あれ」と言っているという読みが出ました。果糖ブドウ糖液糖という有機物っぽいものに電飾という生命感のないものをかち合わせていて、始まりの混沌っぽい、みたいなことを言ってもらいました。刃牙を読めと言われました。



愛すれば、愛せよと活用させてわたしに砕けた驟雨を愛す/佐原キオ


 ひとたびなにものかを愛したことによって、それが愛さなければならないという義務、あるいは命令のように受け取ってしまうことを言っているのだと思いました。愛している状態から、愛さなければならないという状態への心情の移行を活用という文法的な次元に読み替えるという修辞で表しているのだと。「わたしに砕けた驟雨」はそのままある感情の隠喩と受け取っていいと思います。いずれも愛という個人的な感情を動詞の活用という一般的な次元に推移させ、ある感情を雨というその近辺にいる誰もが浴びうるものに移し替えるという修辞的な運動があります。

 ところで「愛する」はサ変と五段活用の両方がある特殊な動詞で、さらに「愛せる」という可能動詞もあるので難しいねって言ってました。


さて、ここから先は自由詠です。私も出しましたが、今回はないしょにしておきます。

サーカスに売られし少女は舞い終えて弾きたり電子ピアノのショパン/神威

 サーカスで「舞う」という言葉は余り使わないような気がして、多分そのこととショパンとサーカスのミスマッチは連動しています。この少女はサーカスとはほど遠い境遇に居たのが、なんらかの事情で売られてきた、しかしそれ以前のやり方を色濃く残しているという悲哀を歌っていると取りました。ただ、サーカスに売られた少女というのがかなりステレオタイプな人物像なので、何かもう少しあるといいよねって話していました。


地獄では亡者がぐつぐつ煮えている ところで極楽はホタルが見頃/日髙光将

 地獄と極楽の様が対比されているのですが、極楽でホタルとは珍しいですね。というのも、極楽にはあんまり生き物がいなさそうだからです。多分死んでから行くところなので、生きたり死んだりするやつがいて繁殖のために光を発しているとしたら変な気がする。ということは、極楽テクノロジーによって作り出された生命ではないホタルロボみたいなやつなのではないか。地獄は大昔から変わらず釜ゆでが遂行されているが、極楽は技術的にアップデートされているのかもしれません。

 べつに関係無いんですが、ニール・ブロムカンプの『エリジウム』という映画に超お金持ちだけが暮らせるエリジウムという超極楽っぽいスペースコロニーが出てきまして、そこでは綺麗なお庭があったり、いっぱい機械のある中枢部に桜が植えてあったりして、自然っぽいものは人間の目を楽しませるためだけに存在するのですが、この歌の極楽もそんな風にイメージしました。

 あとホタルは灯籠流しで死者に見立てられたりするので、極楽における死者のことをホタルと言っているという意見も出ました。誰にとって見頃なのだろう。

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2019年5月22日歌会記録



こんにちは!いい季節ですね。小川です。
本日は、とても疲れていたんですが、結局のところまた喋りすぎてしまいました。新入会員の方が楽しいと思ってくれる歌会になるよう、試行錯誤したいと思います。(もちろん、新入会員以外もですが

今回は、安錠ほとりさんが欠席(詠草参加あり)でしたが、評を送っていただいたのでそちらも掲載します。


【題詠”hashi” (音詠み込み)】

今回は、字題でなく音題(?)にしてみましたが、あまりうまくいきませんでした……


死にやすい言葉のそばにいたいなあ ココカラファインは走ったらすぐ/小川 優

ココカラファインは薬局の名前ですね。今調べてみたら1400店舗以上ありました!多い。ちなみに石川県にはありませんでした。
「死にやすい言葉」に対しては、新語・流行語など、死語になりやすい言葉であるという読み方と、主体にとって自分の死を否定しない、受け入れてくれるような優しい言葉という読み方が出ました。
前者派は、「走る」 とは言葉が流行ること、という捉え方を提示してくれました。

・安錠さんコメント
ココカラファインって店名について、今まで考えたことはなかったけれど、ここからファインなら、ここまではファインじゃないとも取れる
自分の位置がここまでなのかここからなのかは明らかではないけれど、そのファインの境界線がすぐ近くにあるのが、不安定さがあっていいなとおもいます


【自由詠】

団らんを邪魔するハエをつまみ出す昨日雇った宮本武蔵です/日高 光将


日高さんは、初の詠草参加です!ユーモラスな歌として読みました。宮本武蔵は箸でハエをつまみ出すらしく、実は題詠として送ってくれたんですが、その逸話を知らなかったので自由詠ということに。
時代は今/昔(宮本武蔵の存命中)どちらなのか、「宮本武蔵」は本人なのか、憑依させているのか、ロボットなのか…など検討しました。

結句の「です」がなければ31音のきれいな定型ですが、この字余りは効果的だと思いました。「です」がない場合、視点は第三者や神のような存在に思いやすくなりますが、「です」によって視点が状況に対して近くなるため、より面白みが出る。 下記の、安錠さん評では字余りに対して別の意見が述べられています。

「字余りは韻律を引き延ばすが、逆に七音分の拍数に九音を入れるという読み方をすると、縮ませることになる」というのを佐原さんに教えてもらいました(私の解釈です)

・安錠さんコメント
宮本武蔵です、が9音を7音に入れてるんでしょうか。最後に急にリズムが崩れるのが、そこまでのシーンは何でもないことかのように起こっているけれど、ちょっと待て今の何だ、みたいなギャグ漫画のツッコミみたいです。
宮本武蔵です、って宮本武蔵が急に自己紹介してるのかなと思います


親友に向けられている愛だとか全部含めて裁ち鋏の刃/安錠ほとり

結句が体言ですが、

①「愛だとか全部」≒「裁ち鋏の刃」という比喩
②「愛だとか全部」を「裁つ」または「愛だとか全部」に「裁ち鋏の刃を入れる」という行為・動作の体言化
という二種の読み方ができ、②が優勢でした。

体現止めにすることで、「刃」の鋭さ、輝きなどが重量を伴って喚起され、とても良いと思いました。評価は少し別れた感じはありますが。

また、「に」という助詞は「から」、「へ」のどちらも表しうるため、愛を向ける方向を読み定めることが難しいです。今回は、どちらの読み方でもしっくりくるように思いました。



燃えるもの持込不可と記されしバスに載せにき皐月のからだ/小川 優

箇条書きします。
・自分がバスに乗ることを「からだ」を「載せる」という俯瞰的な捉えようとしている
・まあ整っている。「にき」と切れるのはいいのか悪いのか……韻律的には悪い気がする。
・手慣れてる感ある
・周囲の人間は「からだ」を燃えるものとして見ていないが、実は燃えるものなのだという意識がみてとれる
・類想が多そう
・「皐月」は、時期的にこれから夏に向け気温が上向きになっていたりする感じに合っているのでは


・安錠さんコメント
燃えるもの持ち込み不可です、って大きく書いているバスはあまり思い当たらない。注意書で小さく書いてありそう。
所持品の多くは燃やそうと思えば燃えるから持ち込めるものがほとんど無くなっちゃいそう。
肉体も火葬するから、燃えるものに含まれそう。でも調べたら皐は岸辺とかの意味があるので、水属性持ってるから燃えるものカウントはされない。例えば葉月だったら名前も時期も燃えるものっぽいです。
載せる、なのが荷物感あって、自分の肉体だけれど、自分のものではない感覚がする
燃えるものを載せても燃えちゃうから持っていけないよって意味だとしたら、火葬とか葬式みたい。バスって棺のことなのだろうか。そうしたらこの視点は生者のものにも死者のものにもなる。これ打ち込んでいる間にそう見えてきて、かなりすきになりました
以上です、次回は来週、5/29です。よろしくお願いします!

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企画『コーヒー×短歌』


 大阪大学外国語学部文芸部HIMAJINさんにお声がけいただき、「新聞ひまじん」5月号にコーヒーをテーマとした十首を寄稿致しました。
 その際、都合上うまく表記が出来なかった箇所がありますので、この記事にて正しい表記で紹介させていただきます。
 短歌会のほか、再履バス同好会など素敵なゲスト寄稿やHIMAJINの皆さんの記事が盛りだくさんです。ぜひご覧ください!
 
 ひまじん編集部のみなさん、このたびはありがとうございました。
 公式twitter @HIMAJIN2559



コーヒー×短歌  大阪大学短歌会

友達のカフェオレおいしい 雨の日の学校遠くまでよく冷える

いとしさのコーヒー豆を挽くときの少し力の入る左手
(竹村美乃里)


幻燈がたちあらわれて通天閣
あの時飲んだ冷コーあり〼

砂山で父親だったあの頃は
おとなだもん。と泥水飲んでた
(神威)


cup of オレかミルクかラテ淹れるヒロインが死ぬ映画観に行く

ソーサーは波紋の模様マスターを中心に店内を拡がる
(安錠ほとり)


勝つことがずいぶん遠い初夏に抵抗として揺れる微糖は

言葉を尽くせば繁り始める森がありその入り口のコーヒーカップ
(山田誠久)


阪大病院のスタバは穴場らしくって蝶のようなる学生ならぶ
「阪大病院」に「はんびょう」とルビ

高級な豆を貰って困ります、淹れ方なんてわからないから
(小川優)



*阪大短歌会は機関誌の発行と相互批評会「歌会」をメインに活動中。入会/見学希望・ゲスト参加・寄稿依頼などのお問い合わせはいつでもお待ちしております。57577の自由なことばで遊びましょう。
Twitter @handai_tanka
Mail:handai.tanka@gmail.com

プロフィール

阪大短歌会

Author:阪大短歌会
大阪大学の短歌サークルです。
メール:handai.tanka@gmail.com
twitterアカウント:handai_tanka

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