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2019年5月22日歌会記録



こんにちは!いい季節ですね。小川です。
本日は、とても疲れていたんですが、結局のところまた喋りすぎてしまいました。新入会員の方が楽しいと思ってくれる歌会になるよう、試行錯誤したいと思います。(もちろん、新入会員以外もですが

今回は、安錠ほとりさんが欠席(詠草参加あり)でしたが、評を送っていただいたのでそちらも掲載します。


【題詠”hashi” (音詠み込み)】

今回は、字題でなく音題(?)にしてみましたが、あまりうまくいきませんでした……


死にやすい言葉のそばにいたいなあ ココカラファインは走ったらすぐ/小川 優

ココカラファインは薬局の名前ですね。今調べてみたら1400店舗以上ありました!多い。ちなみに石川県にはありませんでした。
「死にやすい言葉」に対しては、新語・流行語など、死語になりやすい言葉であるという読み方と、主体にとって自分の死を否定しない、受け入れてくれるような優しい言葉という読み方が出ました。
前者派は、「走る」 とは言葉が流行ること、という捉え方を提示してくれました。

・安錠さんコメント
ココカラファインって店名について、今まで考えたことはなかったけれど、ここからファインなら、ここまではファインじゃないとも取れる
自分の位置がここまでなのかここからなのかは明らかではないけれど、そのファインの境界線がすぐ近くにあるのが、不安定さがあっていいなとおもいます


【自由詠】

団らんを邪魔するハエをつまみ出す昨日雇った宮本武蔵です/日高 光将


日高さんは、初の詠草参加です!ユーモラスな歌として読みました。宮本武蔵は箸でハエをつまみ出すらしく、実は題詠として送ってくれたんですが、その逸話を知らなかったので自由詠ということに。
時代は今/昔(宮本武蔵の存命中)どちらなのか、「宮本武蔵」は本人なのか、憑依させているのか、ロボットなのか…など検討しました。

結句の「です」がなければ31音のきれいな定型ですが、この字余りは効果的だと思いました。「です」がない場合、視点は第三者や神のような存在に思いやすくなりますが、「です」によって視点が状況に対して近くなるため、より面白みが出る。 下記の、安錠さん評では字余りに対して別の意見が述べられています。

「字余りは韻律を引き延ばすが、逆に七音分の拍数に九音を入れるという読み方をすると、縮ませることになる」というのを佐原さんに教えてもらいました(私の解釈です)

・安錠さんコメント
宮本武蔵です、が9音を7音に入れてるんでしょうか。最後に急にリズムが崩れるのが、そこまでのシーンは何でもないことかのように起こっているけれど、ちょっと待て今の何だ、みたいなギャグ漫画のツッコミみたいです。
宮本武蔵です、って宮本武蔵が急に自己紹介してるのかなと思います


親友に向けられている愛だとか全部含めて裁ち鋏の刃/安錠ほとり

結句が体言ですが、

①「愛だとか全部」≒「裁ち鋏の刃」という比喩
②「愛だとか全部」を「裁つ」または「愛だとか全部」に「裁ち鋏の刃を入れる」という行為・動作の体言化
という二種の読み方ができ、②が優勢でした。

体現止めにすることで、「刃」の鋭さ、輝きなどが重量を伴って喚起され、とても良いと思いました。評価は少し別れた感じはありますが。

また、「に」という助詞は「から」、「へ」のどちらも表しうるため、愛を向ける方向を読み定めることが難しいです。今回は、どちらの読み方でもしっくりくるように思いました。



燃えるもの持込不可と記されしバスに載せにき皐月のからだ/小川 優

箇条書きします。
・自分がバスに乗ることを「からだ」を「載せる」という俯瞰的な捉えようとしている
・まあ整っている。「にき」と切れるのはいいのか悪いのか……韻律的には悪い気がする。
・手慣れてる感ある
・周囲の人間は「からだ」を燃えるものとして見ていないが、実は燃えるものなのだという意識がみてとれる
・類想が多そう
・「皐月」は、時期的にこれから夏に向け気温が上向きになっていたりする感じに合っているのでは


・安錠さんコメント
燃えるもの持ち込み不可です、って大きく書いているバスはあまり思い当たらない。注意書で小さく書いてありそう。
所持品の多くは燃やそうと思えば燃えるから持ち込めるものがほとんど無くなっちゃいそう。
肉体も火葬するから、燃えるものに含まれそう。でも調べたら皐は岸辺とかの意味があるので、水属性持ってるから燃えるものカウントはされない。例えば葉月だったら名前も時期も燃えるものっぽいです。
載せる、なのが荷物感あって、自分の肉体だけれど、自分のものではない感覚がする
燃えるものを載せても燃えちゃうから持っていけないよって意味だとしたら、火葬とか葬式みたい。バスって棺のことなのだろうか。そうしたらこの視点は生者のものにも死者のものにもなる。これ打ち込んでいる間にそう見えてきて、かなりすきになりました
以上です、次回は来週、5/29です。よろしくお願いします!

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企画『コーヒー×短歌』


 大阪大学外国語学部文芸部HIMAJINさんにお声がけいただき、「新聞ひまじん」5月号にコーヒーをテーマとした十首を寄稿致しました。
 その際、都合上うまく表記が出来なかった箇所がありますので、この記事にて正しい表記で紹介させていただきます。
 短歌会のほか、再履バス同好会など素敵なゲスト寄稿やHIMAJINの皆さんの記事が盛りだくさんです。ぜひご覧ください!
 
 ひまじん編集部のみなさん、このたびはありがとうございました。
 公式twitter @HIMAJIN2559



コーヒー×短歌  大阪大学短歌会

友達のカフェオレおいしい 雨の日の学校遠くまでよく冷える

いとしさのコーヒー豆を挽くときの少し力の入る左手
(竹村美乃里)


幻燈がたちあらわれて通天閣
あの時飲んだ冷コーあり〼

砂山で父親だったあの頃は
おとなだもん。と泥水飲んでた
(神威)


cup of オレかミルクかラテ淹れるヒロインが死ぬ映画観に行く

ソーサーは波紋の模様マスターを中心に店内を拡がる
(安錠ほとり)


勝つことがずいぶん遠い初夏に抵抗として揺れる微糖は

言葉を尽くせば繁り始める森がありその入り口のコーヒーカップ
(山田誠久)


阪大病院のスタバは穴場らしくって蝶のようなる学生ならぶ
「阪大病院」に「はんびょう」とルビ

高級な豆を貰って困ります、淹れ方なんてわからないから
(小川優)



*阪大短歌会は機関誌の発行と相互批評会「歌会」をメインに活動中。入会/見学希望・ゲスト参加・寄稿依頼などのお問い合わせはいつでもお待ちしております。57577の自由なことばで遊びましょう。
Twitter @handai_tanka
Mail:handai.tanka@gmail.com

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5月16日歌会記録~ポー歌をしたよ

 こんにちは、懶い河獺です!

 今日はポー歌という遊びをしました。合っているか分かりませんが、紙にみんなでたくさん5音の句と7音の句を書いて山札とし、5音2枚、7音3枚の手札で短歌を作るというものです。手札と山札のカードの交換が3回まで許されます。

 楽しかったです。みんなも楽しかったみたいです。そういうわけで全部放出します。


禁じ手があたりまえだのラ・フランス初夏歩くアンデパンダン

あっ火事だけろけろ山の五月病閉会しますここでスタートに戻る

鹿を抱く難しすぎる物語立ち止まるとき耳を奥まで

短歌詠む君もコクリコサバをよむ都市伝説のホトトギス殺せ

蜆食うサラダのごとくカビキラーシンセサイザーこんにちは

ししおどし死ぬこと静かいざゆかん不定冠詞をほりっく☆もーど(※結句は中抜きの太字)

明日からあと一歩すすむ水がないOK Google ※(うさぎさんみたいなやつの絵)

すらすらと不法投棄だ円卓を日なたに吊るす さわぐ心臓

怒号飛ぶ土星がもえるのような日三島由紀夫が自販機に住む

#ウィンナー今日は祝日ゆれてきて道に足跡蠅をつぶした

ぬばたまの夏を知らせる亡霊と待ちかねている溶ける北極

ひさかたのUHA味覚糖聞いてくれウサギを乗せた数奇さ思う

落ちてきてずっと昔の石油王もぐりつづけるぼくと神様

冬寒し象は生きてるかかわらず夢であえたらどんどんどこどん

不条理が将軍の夢洗い立てチョココロッケは例えばの話

あくまでも黒点が冷たい画面海は広くて呼吸は禁止

水ぶくれ我をもてなす未亡人斉唱をするriddle me this

世間ではやもめぐらしのせんたっき走るヤモリがフラッシュバック

日焼けしたぢつと手を見る花火うつ鏡にうつる負けて泣いてる

手を洗うじっとしている割引後世界中からゆめゆめないよ

夜を撃て!どんぐりコスメシャツを脱ぐ秋の夕暮れここで刺された

なけなしの海にたこやきキャッサバがに/で/から/へと言うなかれ

ほのぐらい待兼山が灰になる暮らしぶり見てThen Exit

革命家"濡れた文体"なめらかにいつもここから春を楽しむ

葦平忌なるほどなるほど保存したハルノートThis is a pen

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2019年4月17日歌会記録

p(*^-^*)q 会員が増えました!!!
嬉しいね。嬉しいです!小川です。

 今回は現会員が5名、ゲストが4名の歌会(うたかい)でありました。
4月はあと23日と25日に歌会があります。何月になっても新会員やゲストは大歓迎です。一緒に歌会しましょう! 

【自由詠、もしくは題詠『右』】

取り壊し中のお城がよく見えるスーパー銭湯駐車場にて→/安錠ほとり

 末尾に右向きの矢印記号がついている一首。矢印が示すのは駐車場の順路なのか、何らかの催しなのか、動作なのか…と色々な可能性を模索しました。 ちなみに、阪大短歌の歌会は「最も妥当なひとつの読みに絞り込んでいく」というより「考えられる読みをできるだけ多く話して、読みを楽しむ」という傾向が強いように感じます。
 …どんなスタンスの方も歓迎です!
  「この矢印は作者のいたずらで、隣の短歌や文字列を示しているのでは」という冴えた読みが河獺さんから提示され、盛り上がりました。縦書きの詠草一覧ならではの遊び心。なるほど。
 取り壊されるお城が醸し出すチープさや、スーパー銭湯との盛衰の対比などが面白いと思います。
 

旅先で意見がたがい対岸の二人になった改札は河/ゲストさん

 ゲスト(新会員)さんです!初めて歌を送ってくださいました。まず韻律の面で、a音、i音と濁音の多さ、た・がの多さなど工夫がなされているように見えるがいい効果は出ていない。という評がありました。リズムを生むというより、詰まった感じの読みづらさが出てしまっているような。
  <改札は河>という把握の仕方はおもしろいと好評でした。改札を通っていく人々の流れのタテ方向ではなく、人と人とを隔てるヨコ方向の流れを見て取るのは斬新ということでした。
 内容については、説明的すぎるのでは、という指摘も。<対岸の二人になった>のは<旅先で意見がたがい>であるからで、すべて<改札は河>の喩を説明してしまっているようにみえるのかもしれません。論理が立ちすぎている・言い過ぎということでしょうか。


対称でないわたし 右手を伸ばし少しだけ醤油瓶に届く/竹村美乃里

 新年度から当会会長の竹村さんの題詠です。机の上、ないし少し高いところの調味料置きにある醤油をとろうとして手をのばすとき、ぎりぎり届く右手(と、おそらくは一度伸ばしてみたものの届かなかった左手)によって自分のからだの非対称性を意識する。そういう読みがベースになっていきました。
 そうすると、<右手を~>以降の行為によって生まれたであろう<対称でないわたし>というボディイメージを初句に持ってくるのは順序の逆転が起きている。この歌は『ナイス自意識』だそうです。ピンときますか? 『ナイス自意識』
 右手と左手をわざわざどちらも試してみる。そして(狙ったかのように)片方のみが届く、というのは状況として起こりづらいような気も。
 それから、「からだの左右非対称性」の把握も人によって結構違っているのがわかって楽しかったです。弓道とかバイオリンをがんばると左右差が大きくなる。のかなあ。


月の道 ひとりになって ふるくなるさくらたち ひとりたち/小川優

 阪大短歌の歌会は基本のっけから自由発言です。この歌は開口一番「謎ですね…」という声がちらほら。謎は解けるのかな…
 桜のはなびらが一枚一枚離れて散っていく様子、という読みが多かったです。<月の道>というかなりざっくりした初句ですが、皆さんの想像力が素晴らしく、『月がきれいな夜道』『月明りで明るい道』『満月の道』『月から差す光の道。かぐや姫が帰るやつ』などが出ました。みんな満月が浮かぶのは<道>の音が<満ち>に通じているからか。ほか<ふるくなる>から<降る、経る>、<ひとりたち>から<独り立ち>も連想できる、などの話も出ました。

 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり /入道前太政大臣
  こちらの名歌を引いて評してくださった新会員の方もいますよ!素敵ですね~。楽しいですね。春ですね。

ではまた。
 

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2019年4月11日歌会記録 題:破調

 みなさんこんにちは。今日はあったかいですね。昨日も昼間はあったかかったです。そんななか、新年度初回の歌会が執り行われました。司会はおなじみ懶い河獺です。ゲスト四名の方もたくさん発言してくださり、充実した時間になりました。

 それでは早速詠草を紹介していきましょう。今回は破調で詠んでもらいました。力作揃いでしたよ。


あなたのすがたが見えなくなるまで 桜花 ゆるいカーブをさらにゆるくゆく/佐原キオ

 まずは韻律について。初句と結句が字余りで、88578になっています。中5があるためリズムが整い、違和感なく読めるという意見が出ました。「さらにゆるく」は三連符で読めるという声も。

 歌の内容、特に視点人物や状況については様々な解釈が出ましたが、みんなが受け取ったイメージは一貫していたように思います。それって多分、成功ですよね。この歌が誰の視点で詠まれているのかを一つに特定する必要はなくて、三つのブロックそれぞれの視点(あなたを見ているのは「わたし」、桜花を捉える第三者視点のカメラ、カーブをゆるくゆく、と把握する「あなた」と呼ばれる人物といったふうに)があると考えることもできます。そのようなブレ方は、ゲストさんがおっしゃっていた、春のむわっとした温度感、視界の揺れ、というポイントにつながるでしょう。

 カーブをゆく、という動きは水平方向ですが、桜は垂直方向の動き。二つのベクトルが重なることで広がりを持ち、はっきりしてないけど景がイメージできる佳作です。


[ここで誰かがラカンの話を始める]割れた鏡が片付かなくて/懶い河獺

 定型に当てはめようとするなら「ここで誰かが(7)/ラカンの話(5)/を始める(5)」となり、「を」が浮くものの、初句を7にしたよくある破調です。しかし、括弧が付いていることもあり、定型に寄せて読む必要はないのかもしれません。この括弧内が、修正テープや付箋を貼って上から書き直したように見える、という意見も出ました。

 下の句が誰かの主観や認識にもとでなされた発話だとすれば、括弧内は、地の文、ト書き、ゲームのコマンドなど、淡々とした記述という印象を受けます。すると、ラカンがどうこうよりも、鏡に関することが発話者にとっては重いのでしょう。

 そしてこのラカンがどうこう、というのが大きな争点になりました。この歌をラカン的に読解するか、あるいは晦渋なものの例示として扱うか、ということです。「なくて」の部分に、因果関係の接続を読み取るかどうかも、読み手によって差が出ていました。これを因果関係の「から」と取ると、「片付かないから、誰かがラカンの話をする」となる。そこの理解しづらさが気持ち悪いという意見が出ました。

 ラカンを抜きにしても鏡は示唆的なイメージで、もう一人の自分が写らない状態、自分の何かが上手く行っていないことの象徴として、割れっぱなしの鏡があるのかもしれません。

 あるいは、突然難しい話を始める人がいる、それまでの状況は、膠着していてもドタバタでもいいのだけど、誰かが突拍子の無いことを言い始めたときの独特の間を歌に表しているとも言えそうです。



撃ち抜かれろ内臓地下水脈は正誤表を失ったまま天国だとか言い出す/安錠ほとり

 なんと41音の歌。シュルレアリスム的、ボカロっぽい、などの印象が挙がった歌です。

 内臓、を起点に読むと、地下水脈とは人間の消化管や毛細血管を指すように思える。そのなかで迷子になっている。一人一人違う体を持っていて、正解といえるようなイデア的身体は生まれる前から失われていることを歌っていると読めます。

 地下水脈を起点に読むなら、地球のことを歌っているのかもしれません。石油を掘り続けることが正しいかは分からないけど、それで儲かる人にとってはそれが天国だ、というような。

 「撃ち抜かれろ」と命令している人は加害者にならならないし、「とか言い出す」なんて言われて、怪我するか死ぬかを命じられている上に、撃たれる人は天国について語ることも肯定してもらえません。発話は誰かに向けられた敵意を含むようですが、むしろ熱量の程度を示すための表現であるという読みも出ました。

 あるいは、正誤表を失っていることは、誤りとされるものはあるけれど、それが正されないままでも天国が拒まれるわけではない、とも考えられます。

 この両端の語句のカジュアルな言い方が、内側の名詞のポップさとマッチしていて読みやすさはあると言われていました。そして、「正誤表」という言葉が高い評価を受けていました。漢字の奇抜な連続の後で、世界観を固めています。


水なみなみ汀に寄せてほんとうは目を閉じているのが好き/竹村美乃里

 こちらは河獺イチオシかわいい詠でございます。このかわいさは一体どこから来るのでしょうか。

 まず、M音とN音の響き。そして助詞の少なさから、舌足らずな印象を受けますよね。舌足らずをかわいいと感じることは許してください。さらにさらに、結句が4音になっています。3音の字足らず、これではないでしょうか。そこで途切れてしまうと、読み手が追いかけたくなる。3音分追いかけてしまう余白。身もだえしちゃうこのkawaiiの正体はそれかもしれませんね。

 上の句は視覚が優位なイメージであり、ほんとうは目を閉じていたいんだけど大人だから開けていなきゃいけないときもある、といった読み。あるいは、目を閉じながら、汀を思い浮かべている景とも取れます。

 「好き」と言った後にその気持ちが強すぎて何も言えなくなっちゃうオタク構文と似ているけど、その言い尽くせなさ、諦めがこの歌では効果的な表現になっているのではないでしょうか。


 さて、ここからは自由詠です。サクサクいきますね。

生涯の長短の境界線が横断歩道に混じって消えた/安錠ほとり

 老いも若いも、大きな横断歩道の雑踏のなかに消えていく、という景が好意的に読めば見えますが、それをこの言葉から読み取るのはかなり難しいのではないか、という話になりました。「生涯の長短」を人生の長さと取るのは、かなり苦しい。

 横断歩道と、それと似たようなものが混ざるのかもしれない。

 長い、短い、という相対的に決まる概念にむりやり基準を作ることで、長いものと短いものの境界線を設定することは可能だけど……という悩み多き議論になりました。


somni なる形態素もてわづかづつ白骨化してゆくモルフォチョウ/懶い河獺

革命歌作詞家に凭りかかられて少しずつ液化してゆくピアノ/塚本邦雄
とのイメージの重なりが指摘されました。

 somniは眠りに関する形態素です。ひとつの存在のなかに眠りが、言葉にsomniという形態素が含まれるように含まれており、チョウは白骨化しないだろうけれど、形態素を分析するように構造だけが残る、あるいは真っ青な蝶の色が抜けていくようなイメージを読んでもらいました。

 ただし、モルフォがモロに形態の意味なので、その言葉の掛け方がやらしい、とも言われました。私もそう思います。


 このほかに、小川優さんも歌を提出してくれましたが非公開です。

 新歓はまだまだ続きますし、阪大短歌はいつでも新会員を募集しています。気になる方は是非いちど歌会にお越しくださいね。それではこの辺で失礼いたします。

プロフィール

阪大短歌会

Author:阪大短歌会
大阪大学の短歌サークルです。
メール:handai.tanka@gmail.com
twitterアカウント:handai_tanka

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